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最高裁判所第二小法廷 昭和23年(れ)706号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人両名の上告趣意第一點について。

原判決の所論第一事実に摘示するところによれば、原判決は、被告人が同判示のごとく(1)組合長淺江民舎外七七名に對して出勤停止處分をなし(2)次で、同人外七五名を解雇したのは、被告人が右全員に對して、同人等が判示労働爭議に参加した責任を問い、これら鑛員労働組合員に彈壓を加え、組合の團結を破壊してこれを弱體化せしめようとの意圖の下に、爲されたものであるとするものであることは判文上明白である。ただ右組合員中には同判示のごとく、爭議後において不當怠業をなした者もあったので、これらの者に對しては右怠業の責任を問う意圖もあって、前記のごとき不利益處分に出でた旨を判示したに過ぎないのであって、論旨のごとく、右不利益取扱を受けた者の中に、不當怠業責任のみを問われたものの存しないことは、判文上おのずから明かである。しかして、判示のごとく、使用者が労働者のなした労働爭議に対する責任を問い、労働組合員に彈壓を加え、組合の團結を破壊して、これを弱體化せしめようとする意圖の下に、労働者に對して不利益取扱をした場合においては、たとい、右意圖の外に組合員の不當怠業行爲の責任をも併せて問う意圖があったにもせよ、單に不當怠業行爲の責任のみを問うて不利益取扱をなした場合とは異って、労働者が労働組合員であること、若は労働組合の正當な行爲をなしたこと又は労働爭議をなしたこと等と右の労働者に對する不利益取扱との間には因果關係が存することが明かであるから、右使用者の労働者に對する不利益取扱行爲は労働組合法第一一條又は労働關係調整法第四〇條に違反するものと認むべきである。從って、原判決が前記の如き被告人の所爲を認定してこれを前記各法條に違反するものと判示したことについては、少しも法の解釋を誤った違法はなく、その他所論の如き理由不備又は審理不盡の違法はない。

同第三點について。

大浜炭鑛株式會社鑛業所と同鑛業所職員をもって結成せられた大浜炭鑛職員労働組合との間には、昭和二一年一一月労働協約が締結せられ、その協約において、いわゆるクローズド・ショップ制の規定がなされていること、右組合の組合員であった佐藤溢彦外一三名が昭和二十二年九月下旬頃及び同年十月初旬頃の二回に亘って、右職員労働組合より除名せられ同組合は會社に對して同人等被除名者の解雇を要求した事実は本件證據上うかがわれるところである。

しかして、使用者が労働組合との間に締結した労働協約において、いわゆるクローズド・ショップ制の規定を設けた場合に組合がその組合員を除名したときは、別段の事情のないかぎり使用者は被除名者を解雇すべき義務あることは所論のとおりである。しかしながら、クローズド・ショップの規約がある場合においても組合から除名された者に對する、使用者の解雇その他の不利益取扱は、すべて労働關係調整法第四〇條に違反しないものと即斷することはできない。かゝる場合でも、右クローズド・ショップ制に關する規約の具體的内容、組合と使用者との關係、組合員除名の理由、右の除名が果して組合の自主性においてなされたかどうか、不利益取扱をした使用者側の意圖等を十分に審理檢討した上、右不利益取扱が労働者の爭議權を不當に侵犯するものであるかどうかを基準として、その不利益取扱が同法第四〇條の違反となるかどうかを決しなければならないのである。

原判決が本件において右労働協約におけるクローズド・ショップ制の存在及び前示除名並びに解雇要求等の事実が窺われるにかゝわらず、前述のごとき諸種の事情關係につき判文上何等説明するところなくして、本件不利益取扱をもって、直ちに同條違反となるものと判示したことは、判決説示として委曲をつくしたものとはいい難いけれども、本件記録によれば、原審は、如上各事情についても十分に審理檢討を加え殊に判決擧示の原審證人佐藤溢彦に對する訊問調書中の供述記載によって判示職員労働組合の同人外十三名に對してなした除名は同組合において自主的になしたものでないことを確定した上遂に右クローズド・ショップ制並除名等の事情あるにもかゝわらず、本件不利益取扱は同條違反に該當するものであるとの結論に達したものと推認することができる。もとよりクローズド・ショップ制に關する如上の點は、舊刑訴法第三六〇條第二項にいわゆる「法律上犯罪ノ成立ヲ阻却スベキ原由」には該らないのであるから右に關する事実上の主張に對し、判決において、特にその判斷を示さなかったからといって、これがためにその判決に所論のごとき違法ありとすることはできない。

同第四點について

判示大浜炭鑛株式會社大浜鑛業所長の追放を主張して労働爭議をなす場合においても、それが専ら同所長の追放自體を直接の目的とするものではなく、労働者の労働條件の維持改善その他經濟的地位の向上を圖るための必要手段としてこれを主張する場合には、かゝる行爲は必ずしも労働組合運動として正當な範圍を逸脱するものということを得ないものと解すべきである。

原判決は、判示爭議において、判示組合員等の主張するところは「スライド」制増賃金の支拂などの經濟的要求の貫徹に終始し判示鑛業所長たる被告人の追放ということはその主眼でなかったことを認めたものであって、しかもこの事実は、原判決の認定にかゝる判示爭議の經緯によってこれを看取し得るところであるから、原判決が、判示組合員等の判示爭議は労働組合運動又は労働運動として正常な範圍を逸脱したものでないと判斷したのは少しも違法ではない。論旨は、判示組合員等の主張が經濟的要求に終始し、判示鑛業所長の追放はその主眼でなかったとの原判決の確定した事実を争うことに歸するものであって理由がない。

同第五點について

労働組合法第一一條又は労働關係調整法第四〇條にいわゆる不利益な取扱とは、たとえば、減俸昇給停止等の經濟的待遇に關して不利な差別待遇を與えるのみでなく廣く精神的待遇等について不利な差別的取扱をなすことをも含むものと解すべきである。從って、使用者が労働者に對して出勤停止處分をなした場合においては、たとえ、これによって給與その他の經濟的待遇について、不利益な結果をきたさなくとも、右法條にいわゆる不利益な取扱に當るものと解して妨げない。殊に、原判示によれば、被告人は判示組合員淺江民舎外七七名に對して、出勤停止處分をなし、因って給與の減少をきたさしめたことを認定してゐるのであって、且擧示の證據によれば判示組合員等は右出勤停止處分によって本給のみの支給を受くるに止まり、家族手當、入坑料を受け得ないことになったことが認め得られるのであるから、原判決が右の出勤停止處分を目して前記法條にいわゆる不利益な取扱であると解したことは少しも違法でない。(その他の判決理由は省略する。)

以上の理由により、刑訴施行法第二條、舊刑訴法第四四六條に從い主文のとおり判決する。

右は全裁判官一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 藤田八郎)

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